僕がメチャクチャ本を読むようになった理由と、きっかけを作ってくれた3作品!
こんばんは、あたやんです!
今回は、なぜ僕がこんなにも本を読んだりするようになったのか、ということについて書いていきます。
今回は雑記みたいなものですが、本の紹介もはさみますので気軽に読んでみてください。
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僕の「読書」との出会いは中学時代にまで遡ります。
僕が通っていた、中学校・高校では毎朝10〜15分程度の朝読書が義務づけられており、必ずマンガ以外の本を持ってこなければなりませんでした。
これがあったことで、僕の読書の習慣のようなものが出来あがったのではないかな、と思っています。
ただ、たまに同級生に会って話したりするのですが、中学校・高校を卒業後に今もなお読書を続けている人は、かなり少なくなっているようです。
さて、そんな学生時代には部活に入ったり、進学校だったために勉強もしなければならなかったため、なんだかんだで忙しかったのですが、休み時間など空いた時間を見つけては本を読んでいた記憶があります。
なかでも思い出深い本が、
「吾輩は猫である」は当時、中学生だった僕にはまだ内容が難しかったですし、ちんぷんかんぷんでしたが、「タイムマシン」を読んだときには、高校生だったこともあって読みながらワクワクしていました。
実際その数年後には、「タイムマシン」のリメイク版の映画が公開され、僕はすぐに映画館へ観に行ったくらい小説の世界に入り込んでいました。
そんなこんなで高校を卒業して地元の大学へ入学したのですが、実家から片道1時間半ほどかけて通学していたため、時間がもったいないと思うようになり、再度、読書の習慣がつくことになりました。
しかし、今度は4年間&往復3時間・・・
いったい何を読もうか、と考えていたときに目に留まったのが「東野圭吾氏」の作品でした。
文庫本だけでもかなりの作品が発行されていたので、いっときは大丈夫だろうと考え、デビュー作の「放課後」から読み始めました。
ただ「東野圭吾氏」の作品は、スラスラ読めて面白いので、あっという間に文庫本サイズのものは制覇してしまい、結局、他の方々の作品も読み始めるようになりました。
そして現在、大学卒業後に無事社会人となった今でも、読書をする習慣が僕には根付いています。
長々と書いてきましたが、この読書習慣の元となった3作品は、特別な思いがある作品となりました。
正直、そんな作品と出会えることができるなんて、夢にも思いませんでした。
実際のところは、振り返れば・・・という感じではあるのですが。
もし、「本は全然読まないよ」なんていう人が、このブログだけでなく、ここで紹介している作品も読んだりして、少しでも多くの本を読んでくれるようになれば、この文章を書いている意味もあるのかなと思ったりもします。
今回ご紹介した3作品は、どれも面白いので、まだ読んだことがないという人は、ぜひ読んでみてくださいね☆
では、また〜!